しいの実 プロフィール

しいの実の恩師・船村 徹 氏について

こちらでは、しいの実がデビュー当時からお世話になり、これまでの長い歌手人生の中で多大なる影響を受け、尊敬している、恩師・船村 徹氏への本人の思いを掲載しています。


船村先生の歌に対するモットーは「歌は心で唄うもの」です。

1969年1月5日、私は「高山の夜」でデビューできた喜びを手紙にし、同曲のレコードを添えて先生に送りました。
すると後日、船村先生よりなんと以下の素晴らしいお返事をいただきました。

人間は心と心とで永遠に触れ合いたいものだ

この手紙に書かれているこの言葉に特に私は感動し、これは今でも私の宝物として大切に保管しています。

それから時は経ち、さらに船村先生との忘れられない出来事がありました。
1985年頃だったと思います。私の音楽事務所の電話が鳴り、そのときたまたまた私が受話器を取ると、

「もしもし、しいの君はいるかね?」

との言葉が返ってきました。このとき私はすぐに船村先生だと判り、突然の出来事で大変驚きながらも本人であることを伝え、そこから以下のようなやりとりがあったんです。

船村先生:「しいの君か、いやぁ良かった良かった。」

しいの:「せ、先生、どうなされたんですか??」

船村先生:「いや実はね、君が大阪の刑務所に収監されている と聞いたから心配して電話をしてみたんだよ。そうか、間違いなら安心したよ。」

このときは先生から伺った話の流れがよく分かっていなかったのですが、後で詳細が分かり、どうやら大阪の刑務所に収監されていたある男が「俺は歌手で、”高山の夜”は俺の歌だ!」と言っていたらしく、また彼の歌が結構上手いということで”これは本物だ”という噂が流れていたそうなんです。

そこへ、各地の刑務所を慰問に訪れていた船村先生がたまたまこの噂を聞き、心配されてわざわざ私の事務所まで確認の電話を下さった、ということだったのです。

この事実を知ったときの感動は、今でも忘れられません。

なぜなら、普段、船村先生と電話でお話をさせていただく機会などまずありませんし、何か連絡することがあったとしても直接船村先生とお話することはないんです。

そんな船村先生から、端くれ弟子のような私を心配して下さって、直接ダイヤルを回して私に連絡を下さったことに、そのとき非常に感動し、先生のご配慮とお気持ちに深く感銘を受けたのを覚えています。

歌供養

「歌供養」とは、CD化されたが世に出ることのなかった歌たちを供養する会 です。

この会は毎年6月12日、船村先生の誕生日に赤坂プリンスホテルで開催されています。

実際に船村先生の故郷である栃木から各寺の僧侶の方を5人お呼びして、お経を詠んでいただき、参列者は顕花します。このように先生は人を深く思いやる心を持ち、それを歌に託して多くの人々に影響を与え、動かすことができる素晴らしい方です。

そんな船村先生を、私は昔も今も変わらず心から尊敬しています。

Return Top